伝統工芸「藍」について

藍の種類

藍染工芸館は、伝統工芸品としての藍染をより多くの皆様にご覧いただくために、自社製品の展示販売をいたしております。

当店では藍染工場と併設しており藍染の観光体験も行っております。

阿波藍

タデ科の一年草。

高さ約80cm。

原産地は中国南部またはインドシナ半島とされ、日本には中国を経て飛鳥時代にはすでに伝えられた。

秋、赤または白色の多数の小花が穂になって咲く。

山藍

トウダイグサ科の多年草。

本州、四国、九州の山地に生える。

高さ30cmぐらい。

トウダイグサ科の多年草。

本州、四国、九州の山地に生える。

高さ30cmぐらい。

古くは葉をしぼって藍染料に用いた。

琉球藍 キツネノマゴ科の低木。
茎は高さ60~90cmになる。
タイ・インドシナ・沖縄・台湾に野生し、藍を取るため栽植された。
枝や葉から藍染料をとる。
インド藍 マメ科コマツナギ属のうち、天然藍を採取した数種の植物の総称。
紀元前2000年頃エジプトで染料に用いられ、ヨーロッパへもたらされた。
葉から藍玉をつくった。
ウォード アブラナ科の藍、ヨーロッパ原産。

阿波藍の期限

阿波藍は江戸時代以前の天文10年ごろ、阿波の領主三好長冶の時代すでに葉藍による藍染が行なわれていたと言われています。


阿波藩の藩祖、蜂須賀家政が、お国入りして、吉野川流域の土質が、藍の栽培に適していると認め、蜂須賀公の前領地、播磨より 播磨藍を移植し、藍の栽培を 奨励保護をして 品質向上に努めたので、阿波藍は全国的に普及し隆盛を極めて行きました。

徳島県の平野部を流れる吉野川は、現在のように堤防が築 かれていなかったため、毎年何度かの洪水にみまわれ、その都度家屋田畑に浸水し米作りには適さず、農民たちは貧困に苦しんでいました。


洪水時期以前に収穫できる藍作は農民たちの喜ぶところであり 藩の保護奨励の有り急速に発展いたしました。

当時の洪水対策としては 藍屋敷全体を 高く地上げして、その周りを隙間のない独特の石積み方法により 石垣を築いています。 この石積みは今も 吉野川流域で見られます。

阿波藍の繁栄と衰退

阿波藍の品質向上発展により俵禄高25万石の阿波藩は藍の収益により50万石の実力を持っていたと言われています。

吉野川流域の肥沃土により、良質の藍が生産され、藩政の手厚い保護と藍商人の活躍により藍大臣ともよばれ発展してきました。

時代も変わって明治27・8年ごろ日清戦争後文明開化と共にインド藍、人造藍の輸入量の増加にともない阿波藍よりも染まりのよい合成藍の使用量が多くなりました。


染料も時代と共に進展し、天然染料から合成染料へと 移行し藍はインド藍、人造藍の新しい染料の圧迫をうけ衰退の途をたどってきました。

明治34年には化学染料も発明され染色方法も変わり 藍の衰退も加速されました。

藍の生産量も年々少なくなりましたが、徳島では細々と藍染が続いていました。


昭和40年代後半公害問題により、化学染料の生産減少にともない藍も見直されてだんだんと復興の兆しも 見えて来ました。

以上の概要から藍染の古布を見ると、江戸時代から 明治中期(人造藍の進出以前)それ以降 明治期(科学染料発明以前)大正以後の物に 分けることが 出来ます。

使用藍、染色方法の違いにより、古い物でも植物藍染だとは限りません。

阿波の藍染

藍はもともと中国から日本に伝わり、奈良時代にはすでに藍の栽培がおこなわれていたという 記録があります。


阿波の藍は、いつ頃誰によってもたらされたのでしょうか。

このことを 正確に記した 資料はまだ発見されていません。

俗説によれば、阿波の藩祖、蜂須賀家政が播磨から塩の製法とともに伝えたといわれていますが、一方では蜂須賀氏以前に阿波の国では藍染めが存在していたという説もあります。

この家政説は、吉野川沿岸地が藍の栽培に適しているとして、藍玉『すくも』の製法を藩の政策にとりいれ保護奨励したことにはじまったと考えられています。


こうして阿波の藍染は、江戸時代初期より隆盛をきわめ、現代にも生きつづけています。

上質のすくもを使用した藍染製品は全国的に高く評価され、愛好されています。

藍染の伝統的技法

藍はとても繊細です。

絶えず藍の色を出すための条件を保たなければなりません。

石灰や糖分を加えたり、また気温が下がれば温めたりもする。

まるで生き物のように気を配り工夫を凝らします。


上質の藍染をする為には水質も大切です。

当社の水は、吉野川北岸、地下80mの深層より汲みあげた地下水を使用しています。

染めては洗い、洗っては染める。

藍をたてた藍液に繰り返し侵し良質の水で水洗することで、あざやかな深みのある藍色をつくり出すことができます。

藍建ての方法

藍建てとは蓼藍(植物藍)の中に含まれている、インヂゴチンという色素を加水分解醗酵させ、インヂゴに変化させ、水溶性に変えてやることにより、染まるようになります。この液を作ることを《藍建てをする》と言います。


藍建ては、すくも又は藍玉を藍がめに入れ湯をそそぎ撹拌溶解し灰汁などアルカリ分を加え よく溶かしインヂゴチンをインヂゴに変化させ、糖分を添加すると液の表面の色が青みを帯びて来ます。

このときに消石灰を散布してやると液の表面は紫紺色となります。

藍染をするには、藍液の温度も重要です。一般的に28度前後PHは11程度が最適です。

藍染めの工程

藍染は化学染料の染色方法とはことなり発色の時限も違います。

染色物を水に浸けよく絞り広げて藍液に浸け充分に藍を含ませて引き上げ、 空気に触れさせて発色させます。

黄土色から緑色にと変色し水洗により藍色へと発色してきます。

藍は藍液の中では発色せず空気に触れることにより青く変化してきます。


藍に一度浸けたときの色は、かめのぞき、次にみずあさぎ、あさぎそらいろ、花いろ、なんど、並紺、中紺、濃紺と色が濃くなって行きます。

好みの濃度に染まるまでこの作業を繰り返します。

濃紺色に染めるには50回以上も繰り返します。


布に色々な模様を入れるには もち米の糊で防染して染める方法が古来より行なわれていますが、長い経験と技術が必要です。

絞り染、ローケツ染めの様に簡単にそめる方法もありますので一度藍染を体験してください。

「藍染めをしてみたい!」と思われている方のために

“藍”は色の名と思いがちですが、植物の名前です。

蓼科の一年草、藍と言う名の草です。

藍の葉を醗酵させ、染料を作り染め上げたものが藍染です。

藍建ての方法には還元剤の違いにより色々な方法があります。


古来よりは灰汁建て、灰汁の代わりに苛性ソーダを用いる醗酵建て、染物の色抜き剤ハイドロコンクを用いるハイドロ建てなど・・・

ポリバケツなど小さな容器で藍建てをする場合、灰汁建て、醗酵建ては温度管理等、藍調整をしなければ染まらないので難しいですが、ハイドロ建ては温度が低くても染まりますので、簡単に藍染が楽しめます。

↓

初めての藍染体験の方へ

藍染すくもセットは10~20ℓ入りポリバケツまたは同等の容器(ステンレス、ホーロー引き)に藍パックを入れお湯を注ぐだけで藍染が簡単に出来るようにと、開発された商品です


特許第3113218号


※現在は、店舗のみでの販売となっております。

近々ホームページ上でも販売を行う予定ですので、ぜひお楽しみに!

pagetop